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岡山地方裁判所 平成10年(ワ)873号 判決

原告

小野了一

ほか一名

被告

西尾彰人

主文

一  被告は、原告らに対し、各金三〇四七万三〇三八円及びうち各金二七六七万三〇三八円に対する平成九年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各四九六九万〇三五七円及びうち各四六六九万〇三五七円に対する平成九年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 発生日時 平成九年六月一九日午後一〇時五五分ころ

(二) 発生場所 香川県綾歌郡綾南町大字陶二四九四番地先国道三二号線上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用車(香川三三り八〇三九)

(四) 被害者 小野光永(以下「光永」という。)

(五) 事故態様 被告は、当時台風の影響で風雨が強まっていた中、右日時場所において、光永を助手席に乗せて加害車両を無謀なスピードを出して運転中、運転を誤り、加害車両を中央線を越えて右斜め前方に向けて逸走させ、よって、加害車両を右前方道路脇にあった水銀灯に激突させた。

(六) 結果 光永は、本件事故により、左横隔膜破裂、左腎臓損傷等の傷害を負い、腹腔内出血により、平成九年六月二〇日、高松市民病院で死亡した。

2  責任原因

被告は、加害車両の所有者として、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、光永に生じた損害を賠償する責任がある。

3  光永の相続

原告らは光永の両親であり、相続により、光永の権利義務を二分の一宛承継した。

4  損害

本件事故により光永に生じた損害は、次のとおりである。

(一) 葬儀費 二〇〇万円

(二) 逸失利益 九一三三万五九二九円

次の(1)ないし(3)の合計額から(4)のとおり光永の生活費を控除した額

(1) 退職時までの逸失利益 一億一二〇七万九〇一八円

A 平成九年の得べかりし収入 三一九万四四一六円

光永は、死亡時和田精密歯研株式会社(以下「和田精密歯研」という。)に勤務していたが、平成九年六月一五日までの給料等の支払を受けた後、本件事故に遭ったものであるから、平成九年には、更に九・五か月分の給与の支払を受けることができたものであるところ、光永の過去三か月間の平均給与は、一か月当たり三一万二三〇七円であり、過去三年間の平均の冬期賞与は、二二万七五〇〇円であるから、光永が平成九年中に更に支払を受けることができたであろう給与等は、三一九万四四一六円である。

〔計算式 312,307×9.5+227,500=3,194,416〕

B 平成一〇年以降の得べかりし収入 一億〇八八八万四六〇二円

和田精密歯研では昇給制度が整備されているところ、同社における給与等の年間総支給額の上昇率は、少なくとも年に一・五パーセントであるから、平成九年に支給されたであろう年間総支給額四二一万五三一七円(光永の過去三か月間の平均給与三一万二三〇七円の一二か月分に過去三年間の平均の夏期〔二四万〇一三三円〕及び冬期〔二二万七五〇〇円〕の賞与を加算した額)を基礎に、平成一〇年から光永が定年(六〇歳)となる平成四五年まで、右上昇率を考慮した支給額を計算し、これからホフマン方式により中間利息を控除すると一億〇八八八万四六〇二円となる。

右Bの計算根拠と右合計額に右Aを加えた額は、別表1のとおりである。

(2) 得べかりし退職金 四一九万七八〇五円

和田精密歯研では退職金規定が整備されているところ、右規定では、退職時における基本給の月額に所定の退職金支給率を乗じて算出することとなっている。そして、光永の平成九年の月額基本給は一四万一五二五円であり、月額基本給の上昇率は一・九五パーセントであるところ、これを元に光永の定年退職時の基本給を算定すると別表2のとおり、二八万三六四四円となる。これに勤続年数三五年以上の場合の退職金支給率四六・三二を乗じホフマン方式により中間利息を控除し、これから光永の死亡により現実に支給を受けた光永の退職金四九万二六〇〇円を控除すると、四一九万七八〇五円となる。

〔計算式 283,644×46.32×0.3570-492,600=4,197,805〕

(3) 定年後の得べかりし収入 二四二三万九九九一円

光永の定年(満六〇歳)後の就労可能年数は一一年であり、また、それ以降一二年間生存し、その間厚生年金等の収入を得ることが可能であった。右二三年間の年収は、光永の定年時の年収七〇九万八〇九五円(別表1の平成四四年欄参照)の二分の一の三五四万九〇四七円と推定されるから、ホフマン方式(ホフマン係数は五九年間の二七・一〇四から三六年間の二〇・二七四を差し引いた六・八三とする。)により中間利息を控除すると二四二三万九九九一円となる。

〔計算式 3,549,047×(27.104-20.274)=24,239,991〕

(4) 生活費控除

右(1)ないし(3)の合計額は、一億四〇五一万六八一四円となるところ、これから光永の生活費として三五パーセントを控除すると、光永の逸失利益は九一三三万五九二九円となる。

〔計算式 140,516,814×(1-0.35)=91,335,929〕

(三) 慰謝料 三〇〇〇万円

光永は歯科技工士の資格を取得し、将来に大きな希望を有していたものであるところ、本件事故による光永の死亡に対する慰謝料は三〇〇〇万円が相当である。

(四) 損害の填補 二九九五万五二一五円

(五) 弁護士費用 六〇〇万円 (原告ら各三〇〇万円)

5  右4(一)ないし(三)の合計から同(四)の既払額を控除し、これに同(五)の弁護士費用を加えると九九三八万〇七一四円となり、その二分の一は、四九六九万〇三五七円となる。

よって、原告らは、被告に対し、自賠法三条に基づく損害賠償請求として各四九六九万〇三五七円及びうち各四六六九万〇三五七円(弁護士費用を除いた金額)に対する本件事故の日の翌日である平成九年六月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1(本件事故の発生)のうち、被告が運転を誤ったことは否認し、その余は認める。

なお、本件事故当時、風は強かったものの雨は小降りで、加害車両の速度は、時速約八〇キロメートルであった。加害車両が突然スリップしたため逸走したものであるが、スリップした原因は不明である。

2  同2(責任原因)、3(光永の相続)は認める。

3(一)  同4(一)(葬儀費)は争う。葬儀費は、一〇〇万円が相当である。

(二)  同4(二)(逸失利益)は争う。

死亡による逸失利益は、死亡時の平均賃金を基準にし、六七歳まで稼働するとして計算するべきである。

(1) 退職時までの逸失利益

終身雇用制度が崩壊しつつある現在の雇用情勢からは、定年まで同一の事業所に勤務する蓋然性はない。また、年俸制が取り入れられつつある情勢から、賃金の上昇が続くというよりも下落する可能性が強い。ゆえに、昇給は考慮すべきでない。

仮に、具体的な昇給基準を基礎とするのであれば、その計算も具体的にすべきである。すなわち、被害者の勤務先である和田精密歯研における歯科技工士の平均的な在職期間は五・七年であるし、光永は、将来的に歯科技工所を自営することを予定していたのであるから、六〇歳の定年まで和田精密歯研での勤務を前提として逸失利益を算定すべきではない。

(2) 得べかりし退職金

終身雇用制度が崩壊し、年俸制が取り入れられつつある情勢及び事故後三五年を経過した段階で退職金制度が存続する蓋然性に乏しいことから、退職金の損害は本件事故との相当因果関係がない。

(3) 定年後の得べかりし収入

若年の給与所得者の死亡による逸失利益の損害は六七歳までであり、それ以降は相当因果関係がない。

また、定年後の厚生年金は、定年まで掛金を支払ってはじめて支給されるものであるから、掛金の支払をしていないのに年金による所得を損害として計上するのは根拠がない。

(4) 生活費控除

光永は独身の男性であるので、生活費の控除率は五〇パーセントが相当である。

(三)  同4(三)(慰謝料)は争う。

光永の年齢、家庭における地位、さらに、後記三の好意同乗である点を考慮すべきであるから、慰謝料は一八〇〇万円が相当である。

(四)  同4(四)(損害の填補)は認める。

(五)  同4(五)(弁護士費用)は争う。

三  被告の抗弁(好意同乗)

本件事故は、被告と光永が二人でコンビニに買物に行く途中で発生したものであるから、好意同乗として損害を減額すべきである。

四  抗弁に対する原告らの認否等

本件事故が被告と光永が買物に行く途中で発生したものであることは認めるが、好意同乗による減額をすべきであるとの主張は争う。光永から同乗を求めたのではなく、被告の誘いに応じて同乗したこと、加害車両のタイヤの摩耗が本件事故の原因であると考えられるところ、光永は、右事実には気付かずに同乗したと思われることなどからして、好意同乗として損害額を減額する理由はない。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)について

請求原因1のうち、被告が運転を誤った点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

そして、証拠(甲四一、四三ないし四五、四九、五二、六一、六四、六五、六八ないし七一、被告本人)によれば、本件事故当時、台風接近のため雨が降り、路面に水が浮く状態であったことと、加害車両のタイヤが摩耗していたにもかかわらず、被告が、時速約八〇キロメートルの速度で加害車両を運転したことが原因で、加害車両を右前方に滑走させて操縦の自由を失い、これによって本件事故が発生したことが認められる。

二  請求原因2(責任原因)、3(光永の相続)について

請求原因2、3は、いずれも当事者間に争いがない。

三  抗弁(好意同乗)について

証拠(甲四〇、四八、五〇、六二、六九、被告本人)及び弁論の全趣旨によると、光永は、岡山の自宅から香川県内の和田精密歯研に通勤していたが、本件事故当日は被告と共に残業をし、また、台風でフェリーが欠航して帰宅できなくなったため、和田精密歯研の寮に泊まることとしたこと、そして、被告がコンビニに雑誌を買いに行くと光永に話したことから、光永も夜食を買いに行くこととし、被告に誘われて被告が運転する加害車両に同乗することになったことが認められる。そして、光永が、加害車両のタイヤの摩耗状況を知っていたり、被告に対し時速八〇キロメートルもの速度を出すよう指示するなど、光永において、本件事故の発生につき、特段の過失や寄与があったことを窺わせる証拠はないから、光永について、好意同乗を理由とする損害額の減額はすべきではない。

四  請求原因4(損害)について

1  葬儀費 一二〇万円

証拠(甲一九ないし三八、原告小野了一本人)によれば、光永の葬儀関係の費用として二〇〇万円を超える支出があったことが認められる。しかし、本件事故と相当因果関係の認められる葬儀費としては、一二〇万円が相当である。

2  逸失利益 六四一〇万一二九二円

証拠(甲二、五ないし九、四〇、四八、乙一、二、原告小野了一、被告各本人)及び弁論の全趣旨によると、光永は、昭和四八年一月二二日生まれの健康な男子であり、歯科技工士専門学校を卒業後、平成五年四月一日、和田精密歯研に入社して歯科技工士として勤務し、平成八年分の給与所得は、三〇六万二三四四円であり、平成九年の月額基本給は一六万三〇五〇円であったこと、和田精密歯研での歯科技工士の平均的な在職期間は、五・七年であること、和田精密歯研の退職金規定によると、六年間勤続した後自己都合により退職した場合に支給される退職金は、基本給の月額に三・三六(退職金支給率)を乗じた額となるところ、光永の平成九年の月額基本給が一六万三〇五〇円であるから、光永が六年間勤続した後に自己都合により退職したとすれば、退職金は、五四万七八四八円となること、光永については、死亡退職金として四九万二六〇〇円が支給されたこと、原告小野了一は、長男である光永を将来は、岡山で歯科技工士として独立させたい希望を有しており、光永もこれに応える意思があったことが認められる。

右事実によると、光永は、和田精密歯研で定年まで勤務するよりは、将来は和田精密歯研を退職して、歯科技工士として独立する蓋然性が高いと認められるところ、現在の収入三〇六万二三四四円は、光永が死亡した平成九年の賃金センサス男子労働者学歴計の年収五七五万〇八〇〇円を下回っているが、少なくとも右センサスの年収は得られる蓋然性があるから、右年収を基礎として逸失利益を計算するのが相当である。

そして、光永は、本件事故当時、二四歳の独身男子であったから五〇パーセントの生活費控除をし、就労可能年数を六七歳までの四二年として、これに新ホフマン係数(二二・二九三〇)を用いて中間利息を控除すると、光永の逸失利益は、六四一〇万一二九二円(円未満切捨)となる。

〔計算式 5,750,800×(1-0.5)×22.2930=64,101,292〕

なお、光永が和田精密歯研に六年間勤続して自己都合によって退職して歯科技工士として働くとしても、その場合の退職金は、五四万七八四八円であり、既に光永に対しては死亡退職金として四九万二六〇〇円が支給されていることからすると、将来の退職金から中間利息を控除した額と大差はないから、右のような退職金を考慮せず、賃金センサスのみ利用して逸失利益を算出する方法が合理性を欠くものとはならない。また、和田精密歯研において将来も一定の割合で支給額が増加することを認めるに足る証拠はなく、かえって年間所得が減少する場合もある(甲八、九)し、光永が定年まで勤続するであろうことを認めるに足る証拠はないから、原告らの主張は採用しない。

3  慰謝料 二〇〇〇万円

光永の年齢、歯科技工士としての将来性、家族構成、本件事故の態様、光永が加害車両に同乗することとなった事情等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると、同人の死亡による慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

4  損害の填補 二九九五万五二一五円

当事者間に争いがない。

5  光永の相続

原告らは、光永の両親として、光永の権利、義務を相続によりそれぞれ二分の一宛承継したものであるところ、右1ないし3の合計八五三〇万一二九二円から4の損害の填補額二九九五万五二一五円を控除すると五五三四万六〇七七円となるから、原告らは、いずれも右金額の二分の一である二七六七万三〇三八円(円未満切捨)の損害賠償請求権を相続した。

6  弁護士費用 各二八〇万円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、原告それぞれについて二八〇万円とするのが相当である(原告一人当たりの損害額の合計は、三〇四七万三〇三八円となる。)。

五  以上のとおり、原告らの請求は、各三〇四七万三〇三八円及びうち各二七六七万三〇三八円(原告らは、弁護士費用については、附帯請求していないから、弁護士費用額については遅延損害金を付加しないこととする。)に対する履行期(本件事故〔不法行為〕の日)後である平成九年六月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野木等)

別表1 〈退職時までの逸失利益計算表〉

別表2

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